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【祝イエモン30周年】歴史の振り返りとおすすめ曲一覧!記念日はいつ?

【祝イエモン30周年】歴史の振り返りとおすすめ曲一覧!記念日はいつ?
うにょらー

こんにちは!
気が付いたらファン歴22年、うにょらー(@unyora3)です!



令和元年(2019年)、12月28日

我らがイエモン、結成30周年を迎えます!

最近では晩婚化や離婚率の上昇で、夫婦ですら30年一緒にいることが少なくなってきているなか、一度は解散という選択をしながらも、今なお私たちに新しい音楽を与えてくれる幸せを噛みしめています。

うにょらー

本人たちは「周年詐欺」とも言っていましたが…笑



今回の記事では、そんな30周年を迎えたTHE YELLOW MONKEYの歴史を振り返りつつ、今なお色あせない珠玉の名曲(個人的好みアリ)を紹介していきます。





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THE YELLOW MONKEY(イエモン)の30年間の歴史




  • ずっとファンだった方
  • 再結成後のテレビ出演をみてファンになった方

イエモンファンにも様々な方がいると思いますが、まずはイエモンの歴史を一緒に振り返りましょう!





もともと吉井和哉さんはベース



発足当初、THE YELLOW MONKEYは

  • 松尾賢一:ボーカル
    元SHOCK
  • 吉井和哉:ベース
    現THE YELLOW MONKEY

この二人が主となっていたバンドです。

うにょらー

吉井和哉さんはもともとベース!



その後、吉井和哉が親交のあった

廣瀬洋一:ベース(現THE YELLOW MONKEY)

をバンドに誘ったことにより、ベースからギターに転向。

1986年にはすでにメジャーデビューを果たしていた

菊地英二:ドラム(現THE YELLOW MONKEY)

が所属バンド(KILLER MAY)の解散後に加入。

この加入によりバンドとしてのメンバーは揃いましたが、松尾賢一と吉井和哉の「音楽的な意見の食い違い」が発生。

1989年11月29日の渋谷La.mamaでのライブを最後に松尾賢一が脱退。

これをきっかけに、吉井和哉がボーカルに転向。

うにょらー

吉井さんがボーカルになったのは結成直前!



ボーカル転向により不在となったギターに、

菊地英昭:ギター(現THE YELLOW MONKEY)

が加入し、今のTHE YELLOW MONKEYとなります。

菊地英昭、菊地英二はともに「KILLER MAY」というバンドでメジャーデビュー済み。
解散後THE YELLOW MONKEYに加入。
「KILLER MAY」からTHE YELLOW MONKEYに加入したときの内内でのキャッチコピーは「悪魔からオカマへ!」

うにょらー

兄弟仲良しです。






1989年12月28日に現メンバーで最初のライブ(結成)



1989年12月28日

  • 吉井和哉
  • 廣瀬洋一
  • 菊地英二
  • 菊地英昭

THE YELLOW MONKEYは現在のメンバーになって初めてのライブを行います。

これがTHE YELLOW MONKEYの記念日。

なのでもし記念日を聞かれることがあったら、

THE YELLOW MONKEYの(周年)記念日はいつ?
(1989年)12月28日だよ!
うにょらー

そう答えられるように覚えておきましょう。


この後お伝えしていきますが、ファンにとってもこの12月28日というのは大事な日になってきます。





結成当初~メジャービュー時のライブや恰好


上記30周年を記念した動画でも少し見ることができますが、結成当初はグラムロックに傾倒しており、

  • 派手な衣装
  • 派手な化粧
  • 吉井さんは女装しオカマ口調

そんな感じだったそうです。

そして観客はほぼ女性だったとのこと!

最近でこそ男性ファンが増えたと感じますが、THE YELLOW MONKEY活動休止~吉井さんソロ活動~THE YELLOW MONKEY再結成この間はほとんど女性ファンだった印象です。

うにょらー

ソロの頃なんて、ライブで野太い声援があるとちょっと嬉しかったですもん。



メンバーみんな高身長、MCはオカマ口調で面白い。

曲はもちろん、そういった要素もありつつライブは人気を集めていきます。





1992年5月21日「Romantist Taste」でメジャーデビュー




1992年5月21日、「Romantist Taste」を日本コロムビアよりリリースし、メジャーデビューします。

うにょらー

公式よりYoutubeにMVがアップされています!!



グラムロックがどういうものかちゃんと知らない私であっても、かっこいいと思う曲です。

メジャーデビュー当時、

  • 吉井和哉:26歳
  • 廣瀬洋一:29歳
  • 菊地英二:25歳
  • 菊地英昭:28歳

うにょらー

今の私と同い年…



オリコン最高順位は108位





苦悩の始まり、そして路線変更



メジャーデビューから1ヵ月後の1992年6月21日。

1stアルバム「THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE」を発売します。

created by Rinker
コロムビアミュージックエンタテインメント

しかし、これが思うように売れず。

うにょらー

インディーズ時代のファンから酷評を受けたり、オリコン圏外になったり…。



ここから解散に至るまでの間、苦悩が続くことになります。

その後、「およげたいやきくん」を超えるほどのヒット曲になると確信をもって1993年3月1日に発売した2ndシングル

アバンギャルドで行こうよ

思惑は大きく外れ、オリコン圏外になりCDの売り上げは伸びない。

しかし、ライブはどんどん人気を集め、チケットは毎回完売を達成する。

1993年4月の日本青年館での初ライブでは、「頭に袋を被せ、両手を縛った裸の女性2人をステージに出す」という過激な演出でも話題を呼んだそうです。

うにょらー

最近もどこかのライブで似たようなこと(裸ではない)をやっていたと思うのですが、どこでだったか失念しました…


  • CDは売れない
  • ライブは人気

そんなジレンマをかかえ、当時のプロデューサーは路線変更を提案。

路線変更前にコンセプトアルバムを。その思いで作成されたのが、

Jaguar Hard Pain

1944年戦争で、恋人「マリー」の目の前で戦死した「ジャガー」という青年。
彼は死んだあと、残した恋人マリーの魂を見つけたことをきっかけに、魂が時を超え50年後の日本にタイムスリップ(タイムリープ)する。
時代のずれに戸惑いながらも、愛する恋人マリーを探す。

そのコンセプトを元に作成されたアルバム。

うにょらー

アルバムジャケットにも「1944-1994」とストーリーを匂わす文言がはいっています。



作りたかったこともあり、吉井さんの熱はすごく、軍人だったジャガーになりきるため丸坊主にしてライブに望む。

ツアーも熱が入っており、春、夏、冬と1年かけて愛する恋人「マリー」を見つけるというコンセプトを貫いており、通常行うMCを排し、ミュージカルのごとくライブを行った。

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その甲斐あって、ライブは右肩上がりで人気を高めていく。

それでも、CDが売れない。

そんな結果を受け、ディレクターからの「10万枚で終わるか、オリコン1位を目指すのか」という問いに「オリコン1位を目指す」と答えたのをきっかけに路線変更を始める。





オリコン上位の常連、そして1位獲得


うにょらー

オリコン1位を目指すと決めてから、楽曲の方向性を変えてリリースを重ねます。



1995年1月21日に発売した5thシングル「Love Communication」では初の30位以内となるオリコン29位。





1995年2月1日に発売した4thアルバム「smile」ではオリコン4位を記録。

CD売り上げ枚数をどんどん伸ばし、1995年4月11日「TOUR ’95 “LOVE COMMUNICATION”」にて日本武道館での初ライブを成功させる。

1995年7月21日に発売した7thシングル「追憶のマーメイド」ではオリコン19位を記録。





「追憶のマーメイド」は売れる曲とするためにも、歌詞が一部書き替えられたそうです。

オリジナルバージョンもアルバムには収録されています。

1995年9月30日に発売した8thシングル「太陽が燃えている」ではオリコン19位を記録。




うにょらー

この年の12月28日、そこから伝統となっていく日本武道館ライブが行われます。



そして翌年。

THE YELLOW MONKEYが一躍有名になったきっかけとも言える、

JAM/Tacticsが1996年2月29日に9thシングルとして発売されます。





売り上げも堂々たるもので、

  • オリコン週間6位
  • 3月度オリコン月間11位
  • 4月度オリコン月間12位
  • 1996年度オリコン年間39位

この売り上げとともにA面の「JAM」の下記歌詞が話題に。

外国で飛行機が墜ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」
「いませんでした」 「いませんでした」

さらにはMVの作りや少年少女起用が話題となり、一気に一般認知度が高まりました。

他にもB面の「Tactics」がアニメ「るろうに剣心」の最初のエンディングに起用されたことも大きな要因と言えます。

ここからはタイアップやメディア出演も増え、世間に「イエモン」が浸透し、さらにCD売り上げが伸びていく。

レーベル移籍前最後となるシングル、1996年7月10日発売の10thシングル「SPARK」ではオリコン3位を記録し、日本レコード協会 1996年7月のプラチナを獲得します。





1996年7月にレーベルをコロムビアからファンハウス(現・アリオラジャパン)に移籍。

移籍後にコロムビアから非公認ベストアルバム

「TRIAD YEARS actI〜THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY」

が発売され、非公認ながらTHE YELLOW MONKEY唯一のミリオンセラーを達成します。

うにょらー

後に「公認済み非公認アルバム」となります。




移籍後もヒット曲を発表し続け、

1996年11月25日11thシングル「楽園」オリコン2位





1997年4月19日12thシングル「LOVE LOVE SHOW」オリコン4位





1997年7月24日13thシングル「BURN」オリコン2位





そして、

1998年2月4日14thシングル「球根」でついにオリコン1位を獲得します。





この球根は、亡くなられた菊地英昭さん、菊地英二さんのお父さんが好きな曲であり、またX JAPANのhideが絶賛した曲でもあります。

うにょらー

吉井さん本人をして、「10年に一度の曲ができた」と言ったのを受け、MVを作成した高橋栄樹さんも「命を削った」と語るほどの膨大な時間をかけてMVを製作したそうです。






スランプ、数々のトラブル、そして不幸。



オリコン1位を目指すと決め、方向性まで変えて音楽を作り続けたTHE YELLOW MONKEY。

球根にてついに念願のオリコン1位を達成しますが、ここから更なる苦難が待ち受けています。

自他ともに認める最高傑作、1997年1月22日に発売した6thアルバム「SICKS」

うにょらー

オリジナルアルバムでは自身最大のヒットを記録したアルバムでもあります。



そんな最高傑作の後に作成されたアルバム、

1997年1月22日発売7thアルバム「PUNCH DRUNKARD」

この時から徐々に歯車が狂い始めます。

オリコン1位を獲得したアルバム、5枚目「FOUR SEASONS」6枚目「SICKS」とレコーディングはロンドンで行っていたTHE YELLOW MONKEY。

この「PUNCH DRUNKARD」も同じくロンドンでレコーディングを行いました。

しかし、東京世田谷で録ったデモをどうしてか超えられない。

そんなスランプに陥ります。

うにょらー

スランプについても上記自伝にに記載されています。



そんなスランプ状態であっても、「PUNCH DRUNKARD」はオリコン1位を獲得、3作連続1位獲得と世間的には波に乗っている状態と思えるものでした。

うにょらー

私自身、幼少期なので何の心配もなくノリノリで聞いていた覚えがあります。



そんなアルバム「PUNCH DRUNKARD」をリリースし、そのアルバム名を関するツアー「PUNCH DRUNKARD TOUR 1998/99」では、ホール72講演、アリーナ41講演の計113講演を1年で行うことに。

約3日に1回のペースでライブを行うのと並行して、

  • 15th「離れるな」
  • 16th「SUGAR FIX」
  • 17th「MY WINDING ROAD」
  • 18th「SO YOUNG」

計4枚のシングルをリリース。

上記シングルのレコーディング、MV撮影、リリースに伴うTV出演、さらにはイギリスでのライブ、映画「trancemission」での刑事役としての出演。

多忙という言葉では言い表せないほどの日々を送り、1998年9月9日の香川県県民ホールでのライブ後には吉井さんが過労で病院に運ばれる事態に。

身体的に追い込まれていく中、精神的にも余裕がなくなっていきます。

年が明けて、1999年の「PUNCH DRUNKARD TOUR 1998/99」1発目、1月9日のグリーンドーム前橋での講演。

音響スタッフがステージの舞台機構「奈落」に転落し、亡くなる事故が発生。

ただでさえ「洋楽志向のチャレンジ」としてセットリストをいつもとは変更して送っていた「PUNCH DRUNKARD TOUR 1998/99」。

1998年10月6日岡山市市民会館の講演時、吉井さんから「このツアーは失敗でした」との発言があり、そのあとはアルバム曲を中心としていたセットリストから、今まで通りの過去のヒット曲を中心に演奏するように変更した。

スランプにより追い込まれ、多忙により体も限界を迎え、精神的にもつらい状況に陥っていた吉井さんを始めとするTHE YELLOW MONKEY

うにょらー

ライブツアーの経済効果は1年で100億円以上になったそうですが、それ以上に大きく傷を負った年となったようです。






続けていくための提案と迎える限界。そして解散。



過酷だったツアーを乗り切ったTHE YELLOW MONKEY。

「とにかくバンドを続けていくため、2000年はシングルを多くリリースする」

上記方針のもと、外部プロデューサーを導入する。

この時の心情については自伝で多く語っているが、

長期間休んだ後に良いものを作れる自信がなかった
バンドの色々なことを一つずつ直していきたかった

自分の楽曲を他人に委ねることは、
よく考えれば、
もう終わったってこと

と表現していた。

そんな状態であっても、何とか存続させよう、頑張ろうとしていた吉井さんですが、最終的には限界が来ます。

8thアルバム「8」

そのレコーディングもロンドンで行いましたが、メンバー全員が多忙により、吉井さん1人での制作時間が増える。

メンバーとの温度差を感じ自身の脱退を進言。

しかし、受け入れられない。

その結果、「もうやめたい」と解散を示唆する。

その折、コロムビア時代にプロモーターとして「JAM」をヒットさせるため尽力し、吉井さんが夢を語り合ったという友人「中原繁」さんが亡くなったとの連絡があったことをきっかけに、解散ではなく活動休止に至る。

活動休止~解散前最後のアルバムとなっていた、8枚目のアルバム「8」。

発売は2000年7月26日。

うにょらー

その楽曲にも吉井さんの心情が大きく反映されています。


収録曲は、

  1. ジュディ
  2. サイキック No.9
  3. GIRLIE
  4. DEAR FEELING
  5. HEART BREAK
  6. 人類最後の日
  7. SHOCK HEARTS
  8. 聖なる海とサンシャイン
  9. カナリヤ
  10. パール
  11. STONE BUTTERFLY
  12. メロメ
  13. バラ色の日々

上記13曲。

その中でもメロメ、峠には感じるところがあります。

メロメは作った吉井さんが、「バンドが終わる典型の曲」と表現するほど、物悲しく寂しい曲。

峠は名前の通り、峠を越えようと何とか耐えながら前に進む人の歌。

この曲は吉井さんが「30代に作った中でベスト3に入る曲」としています。

うにょらー

限界だったということが曲からも感じ取れます。



2001年1月8日東京ドーム初公演を行ったあと、活動休止。

活動休止までの活動期間
4,029日(11年と11日)

活動休止後、再結成するまでで最後となる曲「プライマル。」を発表。





2001年1月31日発売、24thシングル「プライマル。」

ノンタイアップの曲ながら、オリコン3位を記録し、ロングヒットを記録。

うにょらー

2000年代に発売されたTHE YELLOW MONKEYの曲の中で一番売れた曲だそうです。


2013年12月4日シングル・コレクション・アルバム「GOLDEN YEARS Singles 1996-2001」を発売。

GOLDEN YEARS

吉井さんの敬愛するデビットボウイの曲名でもあり、黄金期という意味でもある。

うにょらー

もうこれ以上は作れないと思ってのタイトルだったんでしょうかね…



そして、

2004年7月7日に解散を正式発表。

活動休止期間
1,276日(3年5ヵ月と29日)

解散までの活動期間
5,305日(14年6ヵ月と9日)

解散発表後、THE YELLOW MONKEY公認としては初のベストアルバムを発売。

2004年12月8日「MOTHER OF ALL THE BEST」

メンバー監修で作成されたベストアルバムで、以前所属していたコロムビア時代含めて曲が収録されている。

うにょらー

初回限定版にのみ3枚目がついており、その3枚目は多くのカップリング曲とともに、追憶のマーメイドのオリジナル版が収録されています。




2004年12月26日、東京ドーム「THE EXHIBTION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラ ウロコ・15」内にて、メンバーが揃いJAMを演奏。

うにょらー

私、生まれて初めてのライブ参加がこれでした。



当時はまだまだ幼く、状況もなにもわかっていませんでしたが、VIDEO上映が終わり、メンバーが出てきたときの悲鳴に近い歓声。

JAMの演奏を終え、メンバーが去ってしまったステージを見つめ続ける人。泣いている人。

今でもそれらは覚えています。

うにょらー

そんな人たちを見て、心底このバンドが好きになったんだと思います。



売れる曲を書かなければいけない。
フェス参加が酷評を受けた。
心身ともに追い込まれた。
メンバーとの距離感。
曲(プライマル。)のタイアップが決まらなかった。

活動休止、解散に至るまで、私では想像もつかないようなできごとが数多くあったことと思います。

自伝では色々書いてくださっているし、雑誌などにもいろいろ情報は残っているでしょう。

でも、「外からなんて何もわからないさ」の歌詞の通り、外野の我々には本当のことなんてなにもわかりません。

ネットでイエモンの解散について書かれた記事を読み漁りましたが、どれもこれも噂レベルのことを真実のように書き綴っています。

うにょらー

あなたから見たら、私のこの記事も同じかもしれませんが…



イチファンとしては、解散理由は決めつけずにいたいと思います。

ただあるがまま、THE YELLOW MONKEYから発信されたものを楽しむファンでいたいと思います。





解散後のTHE YELLOW MONKEYとしての活動



20周年企画

トリビュートアルバム発売
「THIS IS FOR YOU〜THE YELLOW MONKEY TRIBUTE ALBUM」





吉井さん監修のもとCD・DVDとスペシャルブックレット付でSICKSを再リリース
「COMPLETE SICKS」





その他

2012年6月20日全アルバム&ビデオクリップ一斉配信企画

2012年10月10日(25th)シングルとして「Romantist Taste 2012」を発売

2013年7月31日「イエモン-FAN’S BEST SELECTION-」を発売

公式で初めて「イエモン」という略称が使われたとあって、一部で話題になりました。

うにょらー

私の中とかで。





2013年9月28日「パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE」公開



上記リリースなどの活動を解散後にされていました。

その他は各々個別に活動されていましたが、今回はTHE YELLOW MONKEYの歴史なので割愛させて頂きます。





再結成、紅白含め各メディアへの出演



ローリング・ストーンズのライブを見た吉井さん。

同世代のミュージシャンがどんどんバンドが再集結、再結成ができない状況になってる中で、みんな元気なうちにこれはやるべきじゃないかなというときに、The Rolling Stonesの70代のあのステージを見たら、『これは早くやらないといかん』と思って

出典:情熱大陸

そんな吉井さんからの

「僕とバンドをやってください」

との声掛けで始まった再結成、再始動。

2016年1月4日申年。

公式サイトに「Repus(復活)」の表示とカウントダウンが表示される。

1月8日、日付が変わるとともに公式サイトにて再集結、全国ツアーを行うことを発表し、新ファンクラブ発足。

解散から再結成するまでの期間
4,202日(11年6ヵ月と1日)

うにょらー

ファンとしては忘れられない年となりました。



2016年2月10日再結成後初の作品となる「ALRIGHT」を公開。




うにょらー

再結成したときの思いが、これでもかってぐらい込められている気がして大好きです。



そして、2016年5月11日「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」国立代々木競技場 第一体育館講演。

テレビ各局でこの再結成最初のライブ1曲目が中継されました。

再結成1曲目はプライマル。

活動休止後に発表され、未だライブで披露されたことはなかった曲。

うにょらー

それだけでもう鳥肌ですよね。



2016年10月19日25thシングル(※)「砂の塔」を発売
※Romantist Taste 2012はカウントしないらしい





「砂の塔」はドラマ「砂の塔〜知りすぎた隣人」タイアップとして、ドラマの脚本をもとに書き上げられた曲。

オリコン2位を記録し、健在っぷりを堂々披露。

2016年10月23日にはTHE YELLOW MONKEYの「情熱大陸」が放送

なるべく長い時間、この人たちとやれたらいいなと思います。で、それを楽しんでくれる人が、たくさんいてくれたらいいなって……月並みですけど

ライブMCで「もう一生解散しない」宣言をしたことで、ファンを安心させてくれたTHE YELLOW MONKEY。

その他にも様々なメディアへの登場を続けるとともに、各種賞を受賞。

  • 第49回日本有線大賞・特別賞
  • 第58回日本レコード大賞「特別賞」

そしてついに、紅白歌合戦へと出場します。

2016年12月31日「第67回紅白歌合戦」初出場

披露したのは「JAM」

大晦日当日の新聞には、JAMの歌詞が大々的に掲載されたことでも反響を呼びました。

「残念だけど、この国にはまだこの歌が必要だ。」

吉井さんがこの曲で本当に伝えたかったのは、

僕は何を思えばいいんだろう
僕は何て言えばいいんだろう
こんな夜は逢いたくて逢いたくて逢いたくて
君に逢いたくて
君に逢いたくて
また明日を待ってる

歌詞のこの部分。

その前の部分が良く取り上げられてしまうけど、本当に伝えたいのはここ。

その思いを存分に込めて歌われていたと思います。

うにょらー

なんてったって、紅白の後しばらく(数日)の間声が出なくなったそうですから…



そこからも快進撃は続きます。

2017年3月17日配信限定シングル「ロザーナ」を公開





2017年5月21日ファンベストに対するアンサーアルバム「THE YELLOW MONKEY IS HERE. NEW BEST」を発売

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コロムビアミュージックエンタテインメント

ファンによって選ばれた「イエモン-FAN’S BEST SELECTION-」に収録された曲を、再結成後に再集録したベストアルバム。

うにょらー

ずっと待っていたファンを大事にしてくれていて、嬉しい限りでした。



2017年10月13日映画「オトトキ」の主題歌「Horizon」を初披露

2017年10月27日配信限定シングル「Stars」を公開

2017年11月11日THE YELLOW MONKEYのドキュメンタリー映画「オトトキ」が一般公開。

2017年11月29日配信限定シングル「Horizon」を公開





この曲はエマ(菊地英昭さん)が、再結成してからのメンバーへの思いを込めた名曲です。

聞いた他のメンバーは、一度は涙したというこの曲。

うにょらー

寄り添ってくれるような優しさを感じます。


うにょらー

ここからアルバム制作に入ることが発表され、メディア露出などは若干控えめになります。



1年経って、2018年11月9日配信限定シングル「天道虫」を発表。

この曲はドラマタイアップになったのはもちろん、吉井さんが初めてテレビCMに出演した際にも使われ話題になります!




うにょらー

当然買いに走りました。



そしてこの天道虫、歌詞が尚のことファンを喜ばせ、安心させてくれます。

「バンドが終わる典型の曲」と吉井さんが言った、「メロメ」。

解散前最後のアルバム「8」に収録したこの曲と歌詞がリンクします。

うにょらー

同じく天道虫が登場するのに、印象も歌詞もガラッと変わってます!


2019年1月25日配信限定シングル「I don’t know」を発表。





この「I don’t know」もドラマ「刑事ゼロ」用に作られ、タイアップされます!

うにょらー

この曲もまたかっこいい。



そして待ちに待ったアルバムが発売されます。

2019年4月17日9thアルバム「9999」リリース

読み方はフォーナイン。

4人で作れる(4桁)で一番大きい数字=最高傑作、また4人で9(苦)をともにするなどという意味が込められたタイトルです。

収録されている曲はどれもこれも素晴らしいのはもちろんですが、ここまで読んでくれたあなたには、

1曲目の「この恋のかけら」を聞いて欲しい。

前作の最後「峠」と一部リンクする箇所があり、峠を越えられたことをファンに伝えてくれる曲になっています。

うにょらー

そして「9999」、日本レコード大賞の最優秀アルバム賞に選ばれます!



イエモン「9999」のおすすめ曲とは?【日本レコード大賞最優秀アルバム賞】

2019年10月30日結成30周年を記念した配信限定シングル「DANDAN」を発表!





THE YELLOW MONKEYのすべてのCDを通して、初めて「猿」がジャケットに使われたことでもファンの中では話題になります。

歌詞もビリー(ビリバー:ファンクラブ会員の名称)が出てきたり、自分たちのことを「周年セールを伝える派手な衣装のチンドン屋さん」と言ったりするなど、遊び心を入れつつもカッコよく仕上げられています。

そして、「どんな夢も叶えるバンドができたよ」の歌詞。

うにょらー

最高じゃありません?


うにょらー

そしてTHE YELLOW MONKEY30年の歴史で最新情報にやっとたどり着きました…!


2019年12月4日、結成30周年記念企画として9thアルバムの完結版を発売。

「30th Anniversary『9999+1』-GRATEFUL SPOONFUL EDITION-」

9999に「+1」されたこのアルバム。

「1を足してもらうと、次の位にいくのかなと。GRATEFUL SPOONFULには“スプーン1杯”という意味があります。みなさんの心の1杯を、我々にいただけたらいいなと思っています」


私たちとであれば、次のステージに行けると思ってくれているのでしょうか。

9999+1購入しました!
うにょらー

フォトブックも、カメラマンの熱意と愛が伝わってくる素晴らしい出来でした…!






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THE YELLOW MONKEY(イエモン)の記念日はいつ?



一度整理しておくと、

THE YELLOW MONKEYにとっての記念日は12月28日です。

現メンバーになって、最初にライブを実施した記念日。

メンバーにとってもこの日は大事な日となっており、

1995年12月28日「TOUR ’95 FOR SEASON」に初めて日本武道館でライブを行ってから、

  • 1996年
  • 1998年
  • 1999年
  • 2016年
  • 2017年
  • 2018年

この日にはライブを行っています。

吉井さんはソロとして活動中もこの日には日本武道館でライブをしています。

うにょらー

私も参加できるときはしていました…!



今年の30周年は日本武道館が全館増改修なので、ナゴヤドームでの開催です。

現在、日本武道館は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に
向け全館増改修工事中です。


うにょらー

ちょっぴり残念。






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THE YELLOW MONKEYおすすめ曲一覧






ここまで、私が書くイエモンの歴史にお付き合い頂きありがとうございます。

うにょらー

ここからは独断と偏見で私のおすすめの曲を紹介していきます!






人生の要所で聞きたい曲



私の人生は小学生から現在までTHE YELLOW MONKEYが常に傍らにありました。

そんな中で人生の要所で聞きたくなる曲。

  • JAM
  • 天国旅行
  • プライマル。

どの曲も基本は落ち込んだ時、辛い時に聞きたいと感じます。

私の場合は、粉砕骨折を誤診され指が動かないと診断されたり、新入社員で入社した会社でのパワハラなどを経験したとき。

うにょらー

ふざけるな、なんで俺が。



そんな負の感情に支配されそうになった時でも、これらの曲を聞けばすこしだけ前向きになれる気がするのです。

JAMは私が結婚するきっかけとなった曲でもあります。





イエモンの魅力を堪能できる曲

私の感じるイエモンの魅力。

  • 色気
  • 妖しさ
  • 愛だの恋だのを叙情的に歌い上げる

さらに最近では、苦難を乗り越えたから表現できる「明るさ」「楽しさ」なども魅力です。

うにょらー

もうメロメロです。



そんな魅力を感じられるおすすめ曲は、

  • Chelsea Girl
  • ヴィーナスの花
  • Morality Slave
  • Balloon Balloon

正直もっといっぱいありますが、この曲は外せないなと。

特に最近だとBalloon Balloon。

歌謡曲のようでありながらも、ちゃんとロック。

そして登場する人の心情はもちろん、息遣いまで聞こえるかのような曲。

うにょらー

最高です。






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【祝イエモン30周年】歴史の振り返りとおすすめ曲一覧!記念日はいつ?のまとめ


  • イエモンの記念日は12月28日
  • 吉井さんはもともとベース
  • オリコン1位を目指すため作る曲を変えた
  • オリコン1位は球根で達成
  • 不幸や疲労が重なり、歯車が狂った結果活動休止し解散に至る
  • 2001年1月8日東京ドーム講演後活動休止
  • 2004年7月7日に解散
  • 2016年1月8日再結成
  • 再結成後は各種賞を受賞し紅白にも出場
  • 30周年記念としてDANDANをリリース
  • 30周年となる2019年9999の完結版「9999+1」をリリース

うにょらー

ここまでお付き合い頂きありがとうございます。



想定以上に歴史のまとめが長くなったので、おすすめ曲が駆け足になってしまいました…

本当はおすすめ曲についてもっと詳しく、そして1997年7月26日のフジロックフェスティバルについても書きたいと思っていました。

おすすめ曲は言ってしまえばすべておすすめなので、熱量を考えると文章の長さがさらにおかしなことになるので割愛し、別の機会に書きたいと思います。

そしてフジロックフェスティバル

THE YELLOW MONKEYを語るうえで本当は外せない出来事だと思います。

でも、正直再結成したとあっても辛いものは辛いのです。

wikipediaに詳しく書いてくださっている方がいるので、もし気になる方はそちらをご覧ください…

フジロックフェスティバルについて

これから再び充電期間に入るなどもありますが、THE YELLOW MONKEYの皆さん、そしてキーボードの鶴谷崇さんが楽しく音楽活動ができることを唯々祈っています。

うにょらー

イチファンとして可能な限りCDやらグッズやらを購入でのサポートを目指します…!



このページに来て下さり、ここまで読んでくださる方がどれだけいてくださるかはわかりませんが、イエモンファンが1人でも多くなるお手伝いができていたら幸いです。

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